先日、ポストに封書が届いた。
差出人は「植村直己冒険館」の学芸員さん。
そこには、昨年夏僕が立ち寄った際尋ねた事柄への返答が丁寧につづってあった。
「お返事が遅くなってすみません」と書かれていて恐縮する。そんな質問をした事すら忘れていたので。。。

僕が知りたかったのは冬のマッキンリー単独登山の直前に、植村さんが自然学校の子どもらに話した講演記録だった。理想めいた戯言と白ける事もできるのだが、植村さんの人となりや、その時期味わった挫折を考えると植村さん不退転の心情が出たとても泥臭い地べたの言葉に読めるのだ。
結局その講演の後、植村さんは真冬のマッキンリーに1人向かい、単独登頂を成功する。そして登頂を知らせる無線を最後に消息を絶ち、そのまま帰らぬ人となった。
厭世的になり、自己の内面にどんどん向かっていく中で現れるピュアネス。。。。多感な時期はそういうのに惹かれたし素直に受け止めてた。でも今は、ちょっと違う。僕はキラキラ星にはなりたくない。腐ってもダメになっても生きていたいのだ。どろんこ道を歩いていきたいのだ。絶望なんかに殺されるのはイヤなのだ。